「事業仕分け」なるパフォーマンスが連日鳴り物入りで演じられている。テレビや新聞はその模様を執拗に報じている。あろうことかNHKは仙谷氏が「『事業仕分け』は政治文化を変える革命的なことだ」と喋る映像を流していた。
そんな報道を見せつけられる国民、それも“こよなく無邪気な国民”は、「民主党政権は仕事をやっている」と錯覚してしまう。何とも恐ろしいことである。誰の発案か知らないが、“上手い選挙対策“を編み出したものだ。その悪知恵には恐れ入るばかりである。
仕分け人が概算要求をバッサバッサと切り捨てる姿に庶民は“正義”を見出して拍手喝采を送ることになる。仕分け人は仕分け人とて、テレビカメラを意識して、必要以上の金切り声を発して、懸命に正義の味方を演じている。
山本夏彦氏によれば、「正義とは嫉妬の変装したもの。嫉妬はそのまま出て来るのは恥ずかしいから、いつも正義に化けて出てくる」という程のものに過ぎないのだが…。
思うに、国の進路にかかわる大事が公衆の面前でのパフォーマンスによって決められてよい筈がない。「事柄が重要であればあるほど、機密保持に意を配り、単独もしくは特定の少人数で事を決するものである」というのが私の人生哲学である。
そもそも、「仕分け人」が財政に口出しする権利があるのだろうか?彼らは鳩山内閣の独断と偏見で選ばれた民間人に過ぎない。憲法第83条(「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない」)に抵触するのは明らかである。民主党は護憲派ではなかったかしら?
「仕分け人横暴」という批判に対して仙谷大臣は、「民間仕分け人には決定権限がまったくない」と述べたとか。その心は「最終決定は国会が行う」ということなのだろうが、ならば、与党議員と官僚とで膝詰め談判すれば済む話ではないのか? また、「まったく権限がない」のであれば、何故に「政治文化を変える革命的なこと」になるのだろうか?
察するに、前政権の手法を否定して独自色を打ち出すのは、“若葉マークの鳩山内閣”にとっては手に余る仕事である。故に、「民間人の力を借りて前政権を否定しよう」というのが本音なのであろう。
つまり、玄人政権であれば端から無用の仕分け作業なのである。この仕分け作業にどれだけの税金を注ぎ込んでいるのか知る由もないが、仕分けチームが先ず最初に行うべきは、「仕分けチームの解散」ならびに「政権与党のレベルアップ」を勧告することであるに違いない。


by ぜろ坊主
大悪党と小悪党と