「小悪党は捕らえられ、法律によって犯罪者として処断される。しかし大悪党というのは、自己の悪行が最高の正義と認められるように、法律そのものを抑えているわけで、そのことがまさに不正の極なのである。
しかもその超越的な不正は、決して罰せられることがなく、かえって阿諛追従によって賛美される。だから彼は不正の極にあって、あたかも聖者の如く尊崇されるのである」
これは田中美知太郎氏が昭和44年に発表した「人生論風に」の中の一節である。慧眼である。田中氏は、小沢一郎が牛耳る今の日本の姿を四十年以上も前に見抜いていたのだろうか?
田中説に従って分類すれば、「お咎めなし」の小沢は大悪党、そのおこぼれに与ったのが鳩山、起訴された石川らは小悪党ということになるが、こうなるだろうことは端から見えていた。民主党政権下で無秩序化しつつある日本には、「司法談合」が成立する土壌が確実に育っているからだ。
巷では「小沢不起訴」という判断を下した検察への失望や恨み節が頻りである。しかし検察に失望し、検察を恨むのは筋違いである。何故ならば、「日本は三権分立が確立した国」というのは真っ赤な嘘だからだ。それが証拠には最高検や最高裁長官など司法官僚の人事権を握っているのは内閣、その内閣を牛耳るのが小沢である。つまり小沢が三権を独占している。故に大悪党の地位を得たのである。
司法官僚とて人の子だ。長年かけて築き上げて来た地位もある。扶養すべき家族もいる。そうした俗事を抜きにして司法官僚にのみ一方的に「職務に忠実であれ」と求めるのは酷である。
その意味で恨むべき対象は
①
②
③
でなければならない。とりわけ、真の日本人ならば①について大いに恥じ入るべきだろう。
小沢の今回の容疑は「虚偽記載」だった。その立件には最低でも小沢の逮捕が不可欠だった。しかし逮捕許諾請求したところで大悪党が牛耳る国会がOKすることはない。つまり逮捕もしないで公判を維持するのは端から無理な注文だったのだ。
さなきだに北海道空知太神社の件で違憲判決を下すような最高裁である。明治憲法から数えても憲法には120年ほどの歴史しかない。高が120歳の洟垂れ小僧の憲法を根拠に二千数百年にも及ぶ神社信仰という日本人の生活習慣を裁くことがそもそもおこがましいのだ。
決して検察の肩を持つわけではないが、検察はそんな判決を下す裁判官を相手にしなければならないのである。「現状では公判を維持する自信がない」との判断も宜なるかなというものだ。
いずれにしても我々日本人は長年にわたり上記②・③の制度を異議なく認めて来たし、近くは大悪党に政権を与えてしまった。他ならぬ日本人自身が大悪党に権力を与えたのである。故にも大悪党を退治出来るのは日本国民を措いてほかにはない。つまり、小沢民主党なる大悪党を退治するのは今を生きる日本人に課せられた責務なのである。
そのような観点から見た場合、小沢や鳩山に「説明責任」を求めようとする気持が全く理解出来ない。
この際法律論など不要だ。「お天道様に恥じること無きや?」という普通の日本人が身に付けている常識で判断するだけで十分だ。小沢らはその常識を持ち合わせてはいない。だから小沢らは普通の日本人が求める「説明責任」を果たすことは出来ない。もしも出来るとすれば「私が悪うございました」と全てを白状することだけだが、それこそ“無いものねだり”というもの。つまり、小沢らに「説明責任」を求めるのは骨折り損のくたびれ儲けでしかないのである。
それ以上に不可解なのが石川知裕の議員辞職勧告決議案を提出した自民党のことである。情緒論やアリバイ作りとしてなら解らないでもないが、大悪党が牛耳る国会で可決される筈がない。また、その程度のおままごとに戯れている自民党が国民の支持を得られる筈がない。
日本の国柄を守るには何をなすべきか?
自民党が保守政党を自任するのであれば何を措いてもその道筋を明示すべきだ。否、その道筋を示す前に、国柄を破壊せんとする小沢民主党を倒すことこそが喫緊の課題でなければならない。具体的には自民党が率先して解散総選挙を求める一大国民運動を起こすことである。それ以外に大悪党を退治する術はない。
しかし玉石混淆の自民党にそれを求めても、それこそ“無いものねだり“というものだ。故にも、志ある自民党議員は立ち上がらねばならない。
ということは、大悪党を退治する前に自民党の中の「玉」と「石」とを仕分けることが最優先の課題でなければならない。具体的には、靖國参拝を拒否し、外国人参政権反対の集会に顔も出さないような「石」を葬り去ることである。
それこそが自民党再生の鍵であるに違いない。さすれば日本を愛する日本人は必ずついて来る。
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【蛇足】
今回検察は「某市民団体」からの告訴に基づいて小沢を取り調べた。「虚偽記載」なる容疑について「お咎めなし」を得るには、「秘書を信頼して任せていた。自分は知らぬ存ぜぬ」を押し通すだけで充分だった。「告発そのものが小沢一派のヤラセだったのでは?」との説が出回るのは、その辺りに根拠があるのであろう。
今にして思えば、「虚偽記載は単なる形式犯」とか、「刑事上の責任なら重い」などととぼけていた小沢の方が一枚も二枚も上手だったということか?
「某市民団体」による告発がヤラセだったかどうかは知る由もないが、彼らが検察審査会に不服を申し立てれば本物、申し立てしなければヤラセと見て間違いあるまい。
ただし、どちらにしても「虚偽記載」なる微罪で攻めるのでは勝負は見えている。
願わくば、違法献金・斡旋利得罪・贈収賄罪などの観点から検察が徹底捜査を続行することを!!


by ぜろ坊主
大悪党と小悪党と